「変わっていきたい」について

相変わらず勘違いしてる奴が居るね。

 

まず初めに「変わっていきたい」はもうひっこめてる。

 

これを未だに本気でとらえてる奴は何なんだろうね。

 よほど純粋なのかとおもうね。

 

 

そもそもとして「変わっていきたい」の目的は「漏洩」等の「被害を最小限に抑えるため」の「話し合い」に持ち込み「あの会社を味方につけるため」の言葉。

 

「変わっていきたい」そのものを本気でとらえられると思って言ったものではないし、この言葉は正直誤魔化すつもりだったよ。

 

もう一度言うが、「変わっていきたい」はもう引っ込めてるよ。

「何もやってない」というとらえ方について

なぜこれほどまでに気持ちの悪い感じで出回っているのか改めて考えた。

 

これは、おそらく俺が『過去に「何もやってない」から「不安」で「パニック」もしくは「ヒステリー」を起こした』という感じのとらえ方が流布されていることが原因の一つとみられる。

 

これはあの会社の奴の想像にもとづいたとらえ方だ。最後についてた営業がこのニュアンスで嫌みったらしく話をしてたから、この認識をあの会社全体の認識として、まるで俺本人の考えのごとく流布していた可能性が非常に高い。

 

俺がその当時不安に思っていたことは「漏えい」に関する事とその他の「嫌がらせ」。
ちょうど今と同じような状況になることね。今のような状況に陥らされるのはホントに危険。

 

「なんでも自分の事と関連付ける」や、「話し合いに持ち込む」「味方につける」「最小限の被害で解決する」という発言からわかってもらえるのではないかと思うが、俺が不安に思っていたのは「漏えい」や「嫌がらせ」。
つまり味方のいないうちに自分の知らない中で今のこのような状況に陥らされることね。かなり高い可能性で勘違いした話になってると思うが「焦った」のはこの部分ね。
あの口ばっかうまい会社が敵になったことで事態は想定よりはるかに大きい。

 

「してもらって当たり前」というのがは俺が「他人は自分と同じように考える」という風に流布されていることが原因である可能性がある。
「俺が求めたのは話し合い」という発言や最近の発言からもわかるとおり、「他人は自分と同じように考える」という点において否定できているのではないかと思う。


「変わっていきたい」だの言ったのは
これまでしてきた我慢を取っ払ってやりたいことをやっていければ鬱っぽさも晴れ、自分の意欲的な面が表面に出てくればそう見せることができるという考えにもとづいていた。
また、当時かなり気持ち的に不安定だったからそう見せやすいだろうという事ね。
自分にとっては「変わっていきたい」は「変わったように見える」であり、弱点を克服しながら「確実に積み上げていく」ことができると考えた。
確かにこれには若干驕りがあるように見えるのはわかるし不確実性が強いとされるのも仕方がない。
仕方ないが誰もが常に何かの影響を受けて多少なりと変わるはずだね。

それと、こう言う事を書いていると読んでる奴らはわからないんだろうが、基本的に自分はその辺の奴とそれほど違う考え方をしてるわけじゃないっていうところも結構大事なところ。問題は背景。

 

「変わっていきたい」だの言うのは「話し合い」に持ち込みあの会社を味方につける一つの材料にもなると考えたし、「話し合い」の中であの会社の者と相互に理解する事に繋がると考えたから言った。
あのブログも「話し合い」が実現できていれば書かなかったはずだね。「どう考えているか」それを直接のやり取り「話し合い」で話すことが自分にとって最適だと考えてた。「漏えい」の件も含めて。口を回すためにも大事だったね。

 

さらにこれは彼らが常識的な対応をとるものと考えたがゆえに言った事でもある。

何度も書いているが中身のない「社長」になるためでも無ければ「目立つ」ことも目的ではない。
目的は「漏えいの解決」を極力スムーズに行ったうえで確実に自分の実質的な社会的評価をあげていく事だったね。

 

当たり前だが決して「社会的評価を下げる」事ではない。
社会的評価をあげようとするのは目指す形はどうあれ誰もが持つごく一般的な考え方であるはず。

 


他人が自分と同じように考えるわけではないから自分のとった対策が失敗したのは仕方がないが、問題はそのあと。

確実に俺を欺こうとし「想像や妄想の中の人格」を言いふらし「漏えい」や「改ざん」を行って「広告塔」などとして売り歩いてることな。
しかも「社長」や「漏えい」について質問してもすっとぼけるとかた上に「こっちのほうが有利」だなどと、自分達の間違いを自覚している発言をしたあたりは本当に馬鹿なんだと思うね。


気に入らないなら「後ろから刺す」のではなく切るべきだったね。社長とか言うのを完全に既成事実にした上に間違いを認めるという事が出来ないから切れなかったんだろうけどね。

「社長」とか言う話にしろ、昔を穿り返すにしろ、スカイプで連絡取ってた奴に俺の考えを調査させるにしろ、ブログにもとづいて営業かけるにしろ、「漏えい」するにしろ「盗聴」するにしろ「家の事」を含めて「いいふらす」にしろ「改ざん」するにしろブログにアクセスできないようにするにしろ「広告塔」にするにしろ俺に直接言うべきであるはず。味方のふりして便乗してるのは違うね。

 

あと、雰囲気から察するに俺のチャット等での発言をすべて晒しているわけではなく、けなすのに都合の良い発言をメインにさらしているように見える。これも敵である証拠。

 

中身が無いように見えると言われるのは仕方ないが、言ってる事ややってる事がおかしいのはあの会社の奴らな。
これは正当化ではなく「あたりまえ」の事とされる常識的な考えと法的に見た客観的かつ一般的な正当性であるはずだね。

 

 

正当性の訴え

あの会社との関わりの上で、まだ俺が悪いという雰囲気が抜けない。
その理由の一つに俺があのカバを指名したみたいな事を言っていたり、入社前にあのカバを使おうとした。という事を言っているからだろう。


俺がさんざん悩んだ末にあの会社に入る決め手の一つとしたのは、そもそもあのカバをうまく使って漏えいの問題を解決するため。
「使う」と書いているが、厳密に言えば正しい形で協力してもらい、最低限「漏えい」の問題を解決する事だった。


俺の入社当時、あの会社の形式上の、のび太配下の営業はカバだけ、少し遅れてもっと頭の悪そうなカバが入ってきた。
自分の担当はそのもっと頭の悪そうなほうのカバになった。
彼は業界の営業としての知識も乏しいらしく、どう考えてもカバのほうがマシ。という事でカバを指名した。


はじめは「協力」してもらうというつもりでいたが、そういう言葉を使いたくないのはそもそもとして、あいつらが非協力的どころか足を引っ張るようなマネ、「後ろから刺す」ようなマネしかしてきていないから。
いま、こうしたことを書いているのはあいつらによって流布されているななめはるか上の「曲解」を解くため。
未だに「俺が彼らを信用していた」ととる者が居るようだが、俺に対する裏切り行為は、すべて俺の直接にはわからないところで「気づかれない」ようにコソコソと、決して普通の指摘はできないように行われているため、本来であれば俺が知らなくてもおかしくないようなやり方をされている。
「気づかれない」ようなやり方をしているからこそ、俺が「気づいていない」と思い込んだ。

もしくは「悪い事をしている」という自覚があるから俺が「気づいていない」と思い込んだ可能性もあるだろう。

本当にあいつらが俺が「気付いていない」と思っているならこの2つしかありえないだろう。

 


俺は当然「漏えい」を許したくはなかったし、そうした裏切り行為も許せないと思った。
ただし、「漏えい」の証拠をつかむには誰も彼もが信用できる状況ではないため、「漏えい」があったという事実を知っている者をできるだけ多く作る必要があると思ったね。
そもそもとして、常識的に考えるとそんなおかしな行為はプロバイダなりより大きな企業がや世間の者がやめさせるはずだと思ったが、それもなされない。
だからすべて敵。

それがまさかいつまでもダラダラとやられ続けるとは当初は思わなかったね。

だから、絶対に言い逃れさせたくないと思ったね。


さらには「買収」行為までするとか、あの会社は俺の敵だと堂々と主張するようなマネをするとは思わなかった。ほんとうに頭が悪いよな。
「買収」がどうの、というのがはじめて聞こえてきたのは去年9月か10月ごろだ。相当頭のおかしい会社なんだなと思った。
で、さらにはブログの日付けの「改ざん」までされる始末。
やり方の汚さが異常。

こうした行為は、漏えいそのものはあのカバみたいな営業一人では100%なしえず、
多数の従業員を含む協力者とジャイアンの許可と誤魔化しがあったからこそできる事であるはず。

 

結局何が言いたいかというと、「気づかない」から「漏えい」を許していたのではなく「明確な証拠を作り言い逃れが。できないよう」に「漏えい」を許してただけね。
そういう意味ではこのように事が大きくなることは最も確実な方法であるはずだ。

漏えいを許していた、つまり許可していたのと同義だととらえる都合良い奴が居るかもしれないが、はじめにそうした行為をしてる時点ですでにおかしいからな。

 

正直、今の雰囲気はあくまでもうわべであるはずだ。
このクソみたいな状況となる派目になったのは「社長」とか言う馬鹿みたいな話やそれと同時に俺の価値を落とすようなクソみたいな営業トーク、「漏えい」さらには、「広告塔」として使うようなマネがあったからこそだ。
俺の時間や、もともとそれほどない信用、その信用を築いていくための環境、それだけのものをすべてあの会社が潰したね。


この状況を生んだのは俺の「甘さ」のせいだと言ってくる都合の良いものもいると思うが、
『「漏えい」や「改ざん」をされるような事、さらには、騙されるような者のほうが悪い』
というとらえ方は明らかにそいつ自身に、そうした行為に出る者がいる事による影響力に対する認識の「甘さ」があると考えられる。

 

実際問題として、今これを読むに至った者にはそれなりに都合の悪い影響を受けているもしくはうけた者も少なくないはずだ。
だからその不快感を俺に転嫁しているだけだろう。
本当に悪いのは犯罪行為を行ったり騙すようなマネをした奴らにあるはず。

 

本当に許せない。

 

のび太を信用していた。ていうやつ

昨日の「対立」、チャットから漏れ出たであろう「サプライズ」、あとは目のキラキラした奴への「フレンドリー」あたりの話。
それと10月ごろに書いたWEBで共有できるメモの内容か。
それが俺がのび太を信用してたっていう考えを強化しているように感じているんだろうな。

これを否定したい。


まず、俺があの会社に入る前からあの会社に不信感持ってたのは知ってると思う。特有の胡散臭さを感じたからだ。
逆にあいつらが俺を採用したのは、性格診断から扱いやすい奴だと感じた事と顔でしかないだろう。
正直履歴書に書いてた事とかは受かるつもりで書いてなかった。だから入社もかなり迷ったが結局決めてしまった。
決めた理由として性格診断が入社時の試験にあったのはデカい。
しかも「あの会社=親会社(ジャイアン)+子会社(のび太)」である事を入った後まで知らなかったレベル。
同じフロアの狭いエリアに社長が3人出てきて意味が分からなかった。

 

入社後は、性格診断で言うACの傾向が強く出るかをそれとなく試されたりジャイアンからは「嫉妬」してる事にされたりとかなり面倒くさい奴が多いと感じた。
あとは、自分の事を「引きこもり」だとか言ってたけど、のび太が「点と点が線」がどうのと面倒くさい感じの事だがどうやら俺をフォローしているらしい事を言ってるのが聞こえた。
どうせならもっとまともなフォローが欲しいと思ったが目の前で言ってるわけじゃないからとりあえずほっとくしかなかったね。

 

で、この「どうせならもっとまともなフォローが欲しい」っていうのがあののび太が「社長」とか馬鹿言い出すきっかけを作ってしまった。
のび太の胡散臭さは正直ハンパない。あの人がいろいろ相談に乗ってくれる風とおしの良さがあの会社の売りだったが正直相談に乗ってもらってる奴らの気が知れなかったね。何かとパフォーマンスじみてた。
ただ、まあそれなりの信用を得ている雰囲気だったから、まあ大丈夫な人なんだろうと甘く見てた。

 

次に、のび太が「社長」とか言い出したのは俺が「変わっていきたい」というのを出した後。どうしても不安定だったことと、確実な味方が欲しかったからあの会社に入るまでの大体の事を話しちゃった事。
おととし2月か3月はじめごろ。「文才」「センス」がどうの「しんか」がどうのと一応フォローらしき事を言ってるのも聞こえたが同時に「馬鹿は社長になる」だの「大企業の社長」だの明らか言ってる事がおかしかった。
話が広まってほとんどの者が思っていた通り「騙されている」という類の裏しか感じない。
しかも社長とか言い出されたせいでさらに「変わっていきたい」だけでなく「社長」とかいうもらい事故の嫉妬いじめまで受ける。最低すぎる。
自分で「変わっていきたい」とか言ってる以上、仕方ないから以下の記事で言う5を選択した。


http://amyue.hatenablog.com/entry/2014/07/26/120413
1は普通にありそう
2は経営状況が良くないからそれを押し付けるつもりっていう判断から来たこと。
4はのび太が考えそうなこと。
6はブラックなら普通にありうる考え方。
7は自分で「変わっていきたい」とか言ってる上に、のび太が「退路を断つ」とか恐ろしい事言ってるからありうる考え方。しかも辞めた後に悪い噂流される可能性はすごい大きい。

 

全て同じ割合の重みだったとしても5である確率はわずか14.3%くらい。1を含めても28.6%少ない。
1や5であるとは本気では思ってないけどその可能性が全くないわけでない以上それを蹴るわけにいかない。
7の場合だったら本当に自分の信用問題。危険すぎる。

 

「無駄にやさしい自分は」と書いてるが適切なはずだし、
自分にとって1や5の選択肢はごく自然な判断。

 

1や5だとしてこの時点では意図が不明だし、自分に直接言われたわけではない、一応フォローしている雰囲気もなくはないからとりあえず引込めさせる事にした。もしのび太なりの思いやりならひっこめるだろうと考えた。自分で引込めさせる事は顔を立てることにもなる。

 

「どうせならもっとまともなフォローが欲しい」からのび太と直接話したかったが頭の悪そうな方のカバと話すことになった。こいつがまた胡散臭い。のび太の3倍胡散臭い。しかも社長とかいう話が出てからしばらくの雰囲気、誰にもわからないだろうが自分の印象ではあえてのび太を俺とあわさなような雰囲気だった。
どんな形であれその時点なら本当の意味で味方につけられさえすれば、あとはうまい事運べると思ってたから、そのまま行けばどちらにしても話が馬鹿みたいにデカくなるのは目に見えるから、しょうがないからその頭の悪そうなほうのカバに「鬱」だとか言ったり「ハマる」とか「変わっていきたい」について真面目に考えていることを言った。

 

あー。今一個思い出した。
「社長」とかいう話を俺に出せなかったのは、当時の現場にのび太含むあの会社が直接話をしたことにできない事にもあったはずだな。
これがまたややこしい。クソみたいな構図。

 

まあ結局ひっこめさせる作戦も失敗。しかも「社長」とかいうのをひっこめるどころか俺の立つ瀬をなくすようなことをガンガン言いまくる。マジで何も考えてない。何も考えてないわけでなければ悪意しかない。
客観的に見て「社長」とかいうのは「騙されてる」ようにしか見えないし、俺が「勘違いするやつ」というあの会社全体のムードもあったから10中8、9「悪意」だと思ってた。

 

あと、「社長」とかいう話をひっこめないのはおそらくジャイアンが「間違えを認めない」というスタンスの体質だからだろう。間違いを認めない。つまり「理不尽」によく合うからのび太は俺をのび太と自己投影したはずだ。また、大企業社長とかいうのも、のび太の満たされない欲求が出てきたことであるはず。

 

ただ、これだけでもあの会社を敵と断定するには自分の努力不足。自分の信用のためにはあの会社を味方につける「努力」を見せる必要がある。それが、おととし6月以降の現場。

6月以降は身辺調査やら中学くらいの作文まで掘り返すやら「漏えい」はするやら

俺が「社長」になる奴や「鬱」やら会社の立場を利用して好き放題。さらには「書いた通りの事」をしているという責任のなすりつけを行う始末。


俺が「書いた通りの事をしている」と感じたのはブログに「遠くで勝手な事言ってる奴らがむかつくだけ」というシメの記事を書いた日の事。その日のび太が辞めさせられた。おととし11月ごろ。

ここからわかる事はおそらくのび太も「社長」とか言っちゃったから「社長」を引込められなかったのだろうという事。

「経営不振」もあったならなおの事だろうし、社長をひっこめるのに十分すぎる材料はある。

のび太の立場ならジャイアンのいう事を聞かざるを得ない。

 

のび太が万が一自分の意思でに「社長」を引込めなかったのならそれは、「退路を断つ」という選択肢をしたという事でさすがジャイアンのところでやってるだけある。というだけ。

 

あげくあの会社の奴らは罪悪感や不安感を誤魔化すため俺に「自信がないから辞められない」と思い込むことにしてる始末。

本当に想像力に欠ける馬鹿。想像力というか認知の歪みがひどい。

 

いずれにしても彼らは「漏えい」という決定的な落ち度を作ったし「改ざん」までしている。

 

ダラダラと書いてるが、のび太を信用してたわけじゃないという事の否定になってるはず。

 

 

「環境や人のせいにするのは感心できない」ってやつ

とても共感できる考え方。

この考え方の理由として挙げられるのは何か目標がある場合、
「たとえ環境が悪くても努力やそのやり方、考え方を工夫する事によって目標や高みを目指す事ができる」というところだろう。

とても利にかなっていると言える。


「環境や人のせいにする」奴は当然単に努力したくないがために「環境や人のせい」にしている可能性もあるが、
冷静に考えると「環境や人のせいにする」ことを否定してしまうと、冷静かつ十分に考えた結果これを主張している奴が居る場合、
「たとえ環境が悪くても努力やそのやり方、考え方を工夫する事によって目標や高みを目指す事ができる」という考え方そのものを否定する事になると言える。

なぜなら「環境や人のせい」であることを主張している場合、自分で「環境や人のせいにする必要なのない状況」を作ろうとしている可能性があると言えるからだ。

 

 

例えばまったく水泳と縁のない環境に居る子供が、ある日突然何かをみて本気でオリンピック水泳で金メダルを取りたいと考えたとしよう。
ここで言う環境とは近所に川も海も沼も湖もプールもスイミングスクールもない環境としよう。
設定はかなり極端だがこれくらいしたほうが分りやすいはずだ。

 

この時、その子供にできるのは今思いつくもので3つだ。
一つ目に、親や周囲の大人に水泳をやりたいと伝えること。
二つ目に、プールに当たるものを自分で作ること。
三つ目に、見よう見まねで泳ぎを模倣すること。

 

三つ目は水泳をしているとは言えないから本気で水泳をやりたいと考えている子供はすぐにこれに飽きてしまうしこのままではオリンピックにはたどり着かないだろう。
二つ目は全く不可能とは言い切れないかもしれないが、常識的に考えてオリンピックを目指すならこれではダメだろう。やはりより良い教育者や適切な設備のある環境が必要だろう。
一つ目が最も現実的で、もし了承が出た場合にスイミングスクールに行くなり、何らかの補助がもらえる。ただし、より高みを目指すなら仮に本人の才能有無に関わらず、本人の実力の成長に合わせてより適切な環境が必要になるだろう。

 

しかも、本人の成長やる気を効率化するには最近テレビなどでもよく言われているが「楽しんで取り組む」ことが重要であると言える。
何を楽しみとするかには様々あるが、目指す先がある場合は本人の努力が結果につながるような環境であるはずだ。
「楽しんで取り組む」事ができる環境である場合、この環境は「やる気」や「努力」を持続する事につながるはず。


つまり、どの選択肢を選んだとしても本人が少しでも成長を望むなら常に客観的に分析した上での適切な環境が必要になる。
もし冷静かつ十分に客観的に考えて分析して行き詰った場合、これは「環境や人」のせいにしてもいいのではないか、というのが自分の考え方だ。

 

これ、あの本や作者の価値を下げそうでだいぶ書こうか迷うんだが、
これを読んでる人はあくまでも個人の感想として読んでほしい。

ビリギャルという映画が少し前に公開しているがその原作の本を自分も数か月前に読んでみた。
この本から読み取れるのは、本人のもともと持っている能力もさることながら、心理面と適切な教育が物を言うという事だ。

このように一般化して書いてしまうとごくごく当たり前のつまらないような話に聞こえるが、自分が可能な限り簡素化した表現をするとこうなる。

あの本における主人公の人物像は、主に家庭環境の問題で心理面が乱れ生活が荒れ、学業の面が不振になっているが、責任感は強い女子高生だ。
ただ、本人が仲間に恵まれていた(というより自分でその環境を作った?)事もあって、頭の回転も良く、何より良き母と良き教育者に恵まれた。
結果として学業での成績を大幅に向上させ、ほとんどの誰からも無理だと言われた希望大学に合格した。というものだ。

この本で着目すべき点は単に学習方法だけでなく、主人公本人の心理面を重要視している点といえる。
ストレスの多いはずの勉強をするにおいて、ギリギリまで「遊ぶ」ことはやめさせず、
学習方法も本人のやる気の賜物でもあるが押し付けや、すっ飛んだ回答でも押さえ付けるようなものではなく本人の性格や実力に合ったやり方をし、よりやる気を引き出すようなやり方を実践している。

とりわけ、目標・計画の立て方・モチベーションのあげ方、というところで一番に「メンタル」を持ってきていることからもその重要性が読み取れる。


誰でも経験があることだと思うが、どんな遊びかによるが「遊ぶ」のあとに「集中して学業に取り組む」という性質の異なることを行うのはかなりの集中力を要すると思う。
精神的に健康、つまり余計な悩み事が極力ない状態でなければできない事のはずだ。
また、この状態を繰り返すことは「発散」と「吸収」を非常に効率よく繰り返しているはず。


この本の主人公は家庭には恵まれなかったが、良き母と良き仲間、そして何より良き指導者、さらには考えを変えさせたい(認めさせたい?)人物が居たことでこれだけの事を成し遂げたのだろう。

良き理解者は母でもあり、指導者、仲間でもある。
良き母は彼女の精神的支えとなり、
良き指導者は単に「(うわべ上)褒めて伸ばす」や単に「厳しくする」ではなく、その人物の性質、癖、その時の状況をよく理解したうえで適切な言葉をかけることでやる気を引き出し、加えて適切な指導を行っている。
良き仲間は発散に大きく貢献しているし程よいプレッシャーにもなっただろう。
また、考えを変えさせたい人物は彼女にとって母を批判していた人物や父親という存在だろう。
希望大学に受かるという目標を成し遂げることは同時に母親を批判していた人物やその父親の考えを変えさせることにつながる。これは非常に良い目標でもあり、プレッシャーの元でもあるはず。

主人公の家庭は一概には言いきることはできないのだが、客観的に見て家庭内の人々の心を乱すことに繋がっている。
彼の存在は良き指導者が見つからなかった場合には毒、機能不全家族の元凶でしかないと思うが、
彼女に程よい自己否定感を植え付ける事にもなったかと思うし、 この場合にはきちんとプレッシャーのはけ口が存在し、さらに確実に実力をつけられる環境・背景が出来上がったこのケースでは非常に良い作用をもたらしたはず。

問題をきちんと認識し、その解決のために取り組む。という事が大切なはずだ。

どう困らされてきたか

自分にとって都合の良い記事を見つけたのでこれをもとに自分がどう困らされてきたかを書いておく

 

その都合の良い記事は以下

議論で「負け」が運命付けられている思考方法30パターン - GIGAZINE

 

 

この記事はタイトルが抽象的でいまいちな気がするが内容はとても自分の考えに合う内容

以下に書いたものは自分の思ってる事すべてを引き出せているわけではないが、自分が認識している事実や可能性をもとに書いたこと

 


 

◆01:Ad Hominem(人身攻撃)
理論的な主張をすることなく、もっぱら相手の人格を攻撃するタイプ。往々にして名前を連呼したり、レッテル貼りをしたりと攻撃的なのがこのタイプ。

 

 

馬鹿、アホ、クズ、何も考えていない。
この手の何も考えていない、しょーもない悪口を去年おととし聞かされまくった。
馬鹿、アホについては特に否定はしないが、想像や妄想が多い人には言われたくはない。

また、これらの事は名指しで言われるわけでなく反撃のしようがない
(ていうか誰がこれを言わせているか、というのがわかるのでこうして書き続けているだけ)

仕方ないから反応しないでおけば「自分の事じゃないから関係ない」から反応しない。という事にされる始末
本当に面倒くさい。

 

 

◆02:Anecdote(アネクドート)
自分しか体験していない経験や個人的な事情を、さも価値あるもののように取り立てて訴えること。

 

 

あそこで自分がかかわった人間はごく一部。それも内容のある話はほぼしていないね
関わった時間が長い奴はいずれも物事を自身に都合よく解釈したでたらめを発言するやつら

 

 

◆03:Appeal to Ignorance(無知という武器)
誰も分からないことや不可能なことを武器に主張を無理に通そうとすること。「宇宙人を見た人はいない。だから宇宙人は存在しない」という主張は典型的な例。

 

 

「人づてだから」「伝言ゲームだから」「覚えていないから」などを理由に
彼らは自己防衛したうえで彼らに都合の良い主張を通そうとしている
直接聞けっつー話。

 

 

◆04:Appeal to Tradition(伝統に訴える論証)
「昔からそうなのだから正しいはず」という考え方。

 

 

これはそう思われるのはしかたないが、妙な想像や妄想等が多分に含まれることがもやもやする
想像や妄想といった証拠のないものは、あくまでも「可能性」どまりなはず

 

 

◆05:Appeal to Consequences(前提の決め付け)
議論の条件を勝手に解釈して、それを前提に話を進めること。

 

 

「社長」になりたい奴という事に勝手にされ丸2年潰した。現在も潰してる最中。

 

 

◆06:Argumentum ad Baculum(脅し)
脅し文句を議論に持ち込むこと。「校則を守らない生徒は将来、就職できませんよ」など、先生がよく使うあれです。

 

 

辞め際の彼らとの電話で情報漏えい等に対して「何とかして尻尾をつかむ」的な発言をした際、

彼らは「我々のほうが有利」と言っていた。何が有利なのか。脅しに他ならない。

 

 

◆07:Argumentum ad Ignorantiam(無知のアピール)
特定のトピックについての知識不足を理由にすること。「だって、そんなの知らないじゃない!」というやつです。

 

 

03で書いていることと同様。

また、辞め際の彼らとの電話での会話で「あなた方を信用することができない。信用するためにこれまでどういう営業をかけてきたのか時系列で書類にまとめろ」という事を言った。
ところが彼らは「記憶がない」というふざけた回答をしてきた。これは営業陣のみが言っていたことではない。
かなり妥協してとりあえず覚えている範囲で良いともしたがそれでも持ってくる様子はなかった。
こんだけインパクトのある出来事を一つも覚えてないわけあるかっつー話。
本気で覚えてないなら会社として成り立たない。

何を言ったかこっちに知れると不都合があるから一度も言ってこなかっただけのはず。 

 

◆08:Argumentum ad Populum(衆人に訴える論証)
多くの人が信じているという理由である命題を正しいと結論付けること。

 

 

12のように彼らは彼らに都合のいい真実を、状況を悪用し数の利を生かしあらゆる奴らに流布した
これをすることによって何も知らない奴らは彼らのいう事が正しいものであるとなぜか解釈する。
ではなぜそう解釈するかと言えば彼らが本来味方であるはずの立場だったから。

 

 

◆09:Bandwagon(便乗)
みんなが正しいと信じているのだから正しいはず、という考え方。04番の「伝統の固執」と同じ理論です。

 

 

これはどちらかというと何も知らない人らに対する印象の植え付けと言える。
08と同様で彼らに都合のいい解釈を大勢に流布しそれをあたかも事実であるかのようにした。

 

 

◆10:Begging the Question(暗黙の了解)
はじめから想定した答えに同意を求めるように尋ねる論法。

 

 

「社長」という話ありきでここまで事を大きくしてる

いい迷惑 

 

◆11:Black or White(極端な二択)
いずれも極端でとうてい受け入れられない2つの選択肢から結論をせまること。たいてい、選択肢以外の適切な答えがあるものです。

 

 

馬鹿、もしくは天才、

社長という事にさせられるもしくは味方らしきものすらいない状況

そんな頭のおかしい営業をかけられたり、そういう印象操作されていたのは忘れられない。

 

 

◆12:Cherry-pick(都合のいい解釈)
自分の主張にとって都合のよいデータや事実だけを集めて、それ以外の不都合なものを無視すること。

 

 

馬鹿にするのに都合の良い情報をできるだけ集めそれが強調されるよう話が流されているはず。

 

 

◆13:Circular Reasoning(循環論法)
ある特定の事実の証明に、証明すべき事実自体を利用すること。

 

 

これはむしろ証明の難しい状況を作られた

 

 

◆14:Composition(合成の誤謬)
一つ一つは正しくても、積み上げた結果が間違いであること。

 

 

都合よく拾ってきた事実から意図的に本人の意思と異なる話や想像をあたかも事実のように作り出している

 

 

◆15:Confirmation Bias(強い思い込み)
自身の思い込みに強く依存して議論を挑むこと。12番の「都合のいい解釈」に似ています。

 

 

馬鹿、アホ、何もできない、何も考えていないという妄想に依存し都合よく解釈されているはず

強い思い込みというと自分に関する話として指摘してくるものが居るかと思うが 、自分はあくまでも「可能性」や「自分の中での事実」として発言していた。

過去に何ができていたかは必ずしも表面に表れていたものではない。

この記事自体も個人が持つ印象をもとに書いているだけで、全て「その可能性がある」というのみで見えない的に矢を射ているに過ぎない。

 

 

◆16:Confusion of Correlation and Causation(因果関係の混同)
2つの出来事に関係があることをもって理由としてしまうこと。そもそも原因と結果が逆の場合は多いものです。例えば、「暴力的な映画を見た子どもは攻撃的になりやすい」という主張。攻撃的な子どもが暴力的な映画をよく見る可能性はなきにしもあらず。

 

 

具体例はわからないはずだが何かあるはず

 

◆17:Excluded Middle(極端な立場)
あらゆる可能性に気を配ることを放棄して、いつも極端な立場をとること。

 

 

何も考えずに馬鹿、何も考えていない、何もできないというように馬鹿にするやつらそのもの

 

◆18:Half Truth(不誠実な真実)
発言が正しいことには間違いないものの、重要な情報には触れないことであえて誤解を誘うこと。

 

 

これがひっじょーに厄介。
これは確実に意図的にやられていると確信する。

 

 

そもそも「変わる」だのなんだのとちょっとおかしな発言をしているので確かにそもそも利用されやすい状況は作った。 

が、実際に利用するかどうかはまた別な話

 

なぜ厄介だと思ったかと言えば明らかに言ってもないようなことや思ってもないようなことで嫌味などを言われるからだよね。

必ずしもそんな敵ばかりになるようなことは言っていないが

みんながみんな悪意的ににとらえているという事は味方であるはずの存在が敵であることは明らか。

 

ではそこまでわかっていて何故早期に対策をしなかったかと言えば

そう簡単に行ったことをひっこめることもしたくないしそこまでモラルのない奴らだと思わなかった。

自分なりにした対策は話を都合よくとらえる奴らによって無駄にされたからに他ならない。

 

 

◆19:Loaded Question(誘導尋問)
特定の答えを暗示してそれを要求するような論法。

 

 

これもあったわ。こっちからそれを言うとそう思っている。という事にされそうなやつ。


あいつらに利益がもたらされていたということは分かっちゃいるが
あいつらの口ぶりからこちらから「利益をもたらしているよな」という発言をすればそれはつまり「社長になりたい奴」もしくは「積極的に身を売ってるやつ」という事にされかねない口ぶりだったね。
これはあくまでも可能性の話
これも電話で話したこと。

 

 

◆20:Misunderstanding Statistics(誤解させる統計情報)
もっともらしく見せかけるために統計を用いること。例えば、「84%の人が病院で死ぬそうです。長生きしたければ退院するべきです」というロジックがおかしいことは明らか。

 

 

これはわからないがそもそも彼らにおかしな発言は多い

 

 

◆21:Non Sequitur(間違った推論)
過去の事実から誤った推論を導くこと。例えば、「前回の新月のときにサンフランシスコで地震があった。だから金曜の新月の日にはまた地震がおこるはずだ」というような解答を導き出すことがよい例です。

 

 

過去本人が何を考えていたかを知ろうともしない上に過去の話を引き合いに都合よい解釈をした他人の思考を流布する。
なんも知らない奴らが人の思考をわかるとか、まじエスパー

 

エスパーってなんだよっていう話だけど、これもよく聞こえてきたな

 

 

◆22:Omniscience(全知)
「絶対」とか「いつだって」とか「誰しもが」などの絶対的条件を声高に主張すること。例外は必ずあるものです。

 

 

彼らはわかった気になってえらっそーに好き放題言ってたわ
しかも一切本人確認はとらない
厳密に言えば、どうとでも取れるちょっとした発言をあたかも本人確認のようにしていたふしはある。

たとえば「社長になりたいっていう奴に会った」 っていう話をぽろっと漏らしたときに確信を持った全てをわかったような表情をされた。気持ち悪かった。

 

また、いつまでも「社長」という話をひっこめないどころか推し進めた奴ら。こいつら死ね。

 

 

◆23:Post Hoc, Ergo Propter Hoc(因果の誤謬)
「Aという事実が起こった後にBが起こった。AがBの原因に違いない」と考えること。21番の「間違った推論」に似ていますが、これは時系列の前後関係を原因・結果に見立てる点が特徴的です。

 

 

これは都合の良い解釈による思い込みと言える。
たとえばもやもやしてた原因が何にあるかという点。


以前にもどこかの記事で書いているが「社長」とかいう話が聞こえてくる2013年3月ごろまでは確かに2012年時点の「もやもや」があった。
ただしそれ以降は社長とかいう話が出てきた以降はでたらめやってくれてる奴らに対する「もやもや」ね。

 

この「もやもや」の対象はまた最近(おそらくこの3か月ほど)ですり替えられている。

何のための全否定だっつー話 

去年おととし困らされてきた奴らに対する「もやもや」だわ

 

 

◆24:Proving Non-existence(悪魔の証明)
「存在しない」ということの証明を求めること。STAP細胞が存在しないことを証明するのは不可能です。

 

 

「こいつは何かできる」という事の証明と同様「こいつは何もできない」という事の証明は不可能なはず

 

 

◆25:Red Herring(燻製ニシンの虚偽)
注意をそらすために議論のテーマを変えること。

 

 

プライバシーの侵害や情報漏えい系の話はどこ行ってんだっつー話。
こちらを馬鹿にさせることのみを目的にすり替えられている。


最近だと「社交性のなさ」というのが馬鹿にする原因とされているような気配もある。これもここ3カ月ほどですり替えられている気配。
馬鹿にするにも、馬鹿にすることの論点をそうコロコロと軸もなく変えられたなら馬鹿にしている内容にすら信用が置けないはずでは?
むしろ「馬鹿にすること」そのものが軸になっていると言える

まったく建設的ではない。

 同時にこの手の奴らに本音をいう事も建設的な話を持ち込むことも無駄だとわかる。

 

 

◆26:Reification(具現化)
抽象的な事柄を、さも具体的なものとして扱うこと。

 

 

馬鹿だとか、何も考えていないというあたりがこれ。
何をもって馬鹿とするか。頭の中で何を考えているかも知ろうともせず、なぜ「何も考えていない」とできるのかちょっと理解に苦しむ。
クソガキの発想

 

 

◆27:Slippery Slope(風が吹けば桶屋が儲かる)
ある事実から次の事実を連続的に導くことで、結果としてまったく正しくない事実を導き出すこと。

 

 

これもこちらに不利益をもたらす形、意思とは反する形でされてるはず。
こちらは少なくとも損はさせなかったはず。

 

まあ今は去年おととしこちらに不利益を与えたやつらに不利益を与えてやりたいんですけどね。

 

 

◆28:Small Numbers Statistics(少なすぎるサンプル)
ごく少ないサンプルから一般論を導くこと。

 

 

この去年おととしでも自分とまともに話したやつなんかごくわずか。

 

誰かに対する本音もほぼどこにも書いていない
本格的に本音を書き始めたのは2014年12月以降

 

 

◆29:Straw Man(ストローマン)
相手の意見を歪めたり一部のみを取り出して解釈して、それに反論する論法。例えば、「雨が嫌いだ」という相手の意見に対して「雨がなくなった方がいいと言うのですか?」という反論は、相手の意見を正しく受けてはいないので議論はかみ合いません。

 

 

「社長」や「何も考えていない」という話がいい例
一言もこんなことは言っていない上に何を考えているかという確認すらない。きちんと自分の意思にそう話がなされた上で馬鹿にされるならまだ納得いくが彼らの気持ち悪い解釈のもとの話が広められていた。

 

 

◆30:Tu Quoque(そういうお前は論法)
自分に対する批判に対して、議論とは関係のない別の批判で返すこと。

 

 

彼ら自身に都合の悪い事や彼らに対する批判と思われることはすべてこちらのものとして捻じ曲げられて飛んでくる。本当に恐ろしい
「キレやすい」なんていう話がいい例
キレやすいのは奴らの方だわ。

どの通話かっていうのが見つかってないけど、少し彼らの意にそぐわない態度を見せた瞬間キレかけたやつがいる。時期は2014年4月以降2014年9月以前の通話

 

 


 

 

 

そもそも事の発端は自分にあるだろうっていう批判があるだろうことはわかるが
こっちの話も聞かずに好き放題されたことは到底受け入れがたいね。

自分が言った事や書いたことそのものを批判されてるだけなら遥かにマシ

 

自分にとって最も厄介だった彼らに対して自分が持つ印象はここに書いた通り

他人が彼らと接した時にどういう印象を受けるか知らないが人は接する人によって態度を変えるもの

 

ちなみに去年、おととし、そして今現在もそうだが

自分の「良さが引き出された」とは思っていないし

こうして書いていることは「ケンカ」ではなく自分がやってしまったことと、ガキがでたらめやってメチャクチャに散らかされた物のお片付けと大して変わらない。

こんな事をいつまでも書き続けたかったわけでもない

自分の事だからやらざるを得ないが、本当にしょーもない。

本当に成長できる環境も得るものも何もないクソ。

何故過去に金がらみの逮捕者が出たかもよくわかった

あいつらマジで死ね

 

ちなみにこんな感じでこの記事を締めると誤解がありそうだが

「変わっていきたい」とかあえて表に出すようなことでない事が多く、それについて馬鹿にされていることはわかる。ただ今更それをひっこめるつもりもないし、特に軸をぶらすつもりもなくい、やりたい仕事も変わらない。

去年おととし主張してきたことも全てとは言わないが変わらないはず。

[2015/05/18追記] 「変わっていきたい」はひっこめた

ただ以前の何倍も面倒くさい状況なだけ。

 

なんだかんだ味方になってくれている人には感謝しかない。

味方のふりしている人には死んでほしい。

困らされた人達には本気で不利益を与えたいが大して期待はしていない。というか冗談抜きで死ねばいいとは思う。

あえて困らそうとしてくる奴にも死んでほしい。

「かわいそう」ていうスタンスで接してくるのはかえって逆効果なのでやめてほしい。

気に入らない人にはどういう背景があるのか今出回っている話から理解だけしてもらえるとありがたい。当然強要はしないしさせないでほしい。

目の前で起きたことに対する批判のみとしてほしい。すでに先入観がある以上、それも難しいのはよくわかる

 

なぜなら去年、おととしにやったことは漏えいのリスクを回収しつつ自分が育っていくために必要だと思いやったことだからで、万人に特別優しくしてもらったり特別厳しくしてもらうためにやったことではない。

 

それともう一つ、無駄に顔と名前が売れてる以上自分としては書かざるを得ないが、

今後も自然な形ができない限り基本積極的に人と関わること大勢の輪に入っていくようなことはしないはず。

あの会社をちょうど良い練習の場にしようとして焦りすぎた部分はある。

これは当初から思っていることだが無理して関わって行ってもお互いに良い事がない。ただし理解はほしいというくそっぷり。

 

このひと月、時々見る夢

理由はわからないがランニングしてる夢

特に誰かと競ってるわけじゃない

 

 

ただ自分なりのペースで気持ちよく走りたいだけなんだけど 

実際には全く体が自由に動いていなくてぎくしゃくしている

 

 

まともに走れていない。

足が重い。

前に進まない。

まるで素人が操る操り人形。

もしくは後ろから誰かに引っ張られるかのよう。

疲れているわけでもないのに。

体の隅々に意識を集中させて体をコントロールしようとしても一瞬だけうまく動いたかに見えて全然そんなことは無い。

 

 

そんな姿を見て後ろでコソコソヒソヒソ。

すれちがう人々はニヤニヤ。

いざ関わればなにかアドバイスがあるわけでもなく屈辱的な気の使われ方をするだけ。

 

 

もしこの夢に意味があるとするならば、この2年間の自分の姿をそのまま表したよう。

少し情報収集しただけでわかるのは相変わらず気持ちよく行動できなそうだということだけ