「何もやってない」というとらえ方について

なぜこれほどまでに気持ちの悪い感じで出回っているのか改めて考えた。

 

これは、おそらく俺が『過去に「何もやってない」から「不安」で「パニック」もしくは「ヒステリー」を起こした』という感じのとらえ方が流布されていることが原因の一つとみられる。

 

これはあの会社の奴の想像にもとづいたとらえ方だ。最後についてた営業がこのニュアンスで嫌みったらしく話をしてたから、この認識をあの会社全体の認識として、まるで俺本人の考えのごとく流布していた可能性が非常に高い。

 

俺がその当時不安に思っていたことは「漏えい」に関する事とその他の「嫌がらせ」。
ちょうど今と同じような状況になることね。今のような状況に陥らされるのはホントに危険。

 

「なんでも自分の事と関連付ける」や、「話し合いに持ち込む」「味方につける」「最小限の被害で解決する」という発言からわかってもらえるのではないかと思うが、俺が不安に思っていたのは「漏えい」や「嫌がらせ」。
つまり味方のいないうちに自分の知らない中で今のこのような状況に陥らされることね。かなり高い可能性で勘違いした話になってると思うが「焦った」のはこの部分ね。
あの口ばっかうまい会社が敵になったことで事態は想定よりはるかに大きい。

 

「してもらって当たり前」というのがは俺が「他人は自分と同じように考える」という風に流布されていることが原因である可能性がある。
「俺が求めたのは話し合い」という発言や最近の発言からもわかるとおり、「他人は自分と同じように考える」という点において否定できているのではないかと思う。


「変わっていきたい」だの言ったのは
これまでしてきた我慢を取っ払ってやりたいことをやっていければ鬱っぽさも晴れ、自分の意欲的な面が表面に出てくればそう見せることができるという考えにもとづいていた。
また、当時かなり気持ち的に不安定だったからそう見せやすいだろうという事ね。
自分にとっては「変わっていきたい」は「変わったように見える」であり、弱点を克服しながら「確実に積み上げていく」ことができると考えた。
確かにこれには若干驕りがあるように見えるのはわかるし不確実性が強いとされるのも仕方がない。
仕方ないが誰もが常に何かの影響を受けて多少なりと変わるはずだね。

それと、こう言う事を書いていると読んでる奴らはわからないんだろうが、基本的に自分はその辺の奴とそれほど違う考え方をしてるわけじゃないっていうところも結構大事なところ。問題は背景。

 

「変わっていきたい」だの言うのは「話し合い」に持ち込みあの会社を味方につける一つの材料にもなると考えたし、「話し合い」の中であの会社の者と相互に理解する事に繋がると考えたから言った。
あのブログも「話し合い」が実現できていれば書かなかったはずだね。「どう考えているか」それを直接のやり取り「話し合い」で話すことが自分にとって最適だと考えてた。「漏えい」の件も含めて。口を回すためにも大事だったね。

 

さらにこれは彼らが常識的な対応をとるものと考えたがゆえに言った事でもある。

何度も書いているが中身のない「社長」になるためでも無ければ「目立つ」ことも目的ではない。
目的は「漏えいの解決」を極力スムーズに行ったうえで確実に自分の実質的な社会的評価をあげていく事だったね。

 

当たり前だが決して「社会的評価を下げる」事ではない。
社会的評価をあげようとするのは目指す形はどうあれ誰もが持つごく一般的な考え方であるはず。

 


他人が自分と同じように考えるわけではないから自分のとった対策が失敗したのは仕方がないが、問題はそのあと。

確実に俺を欺こうとし「想像や妄想の中の人格」を言いふらし「漏えい」や「改ざん」を行って「広告塔」などとして売り歩いてることな。
しかも「社長」や「漏えい」について質問してもすっとぼけるとかた上に「こっちのほうが有利」だなどと、自分達の間違いを自覚している発言をしたあたりは本当に馬鹿なんだと思うね。


気に入らないなら「後ろから刺す」のではなく切るべきだったね。社長とか言うのを完全に既成事実にした上に間違いを認めるという事が出来ないから切れなかったんだろうけどね。

「社長」とか言う話にしろ、昔を穿り返すにしろ、スカイプで連絡取ってた奴に俺の考えを調査させるにしろ、ブログにもとづいて営業かけるにしろ、「漏えい」するにしろ「盗聴」するにしろ「家の事」を含めて「いいふらす」にしろ「改ざん」するにしろブログにアクセスできないようにするにしろ「広告塔」にするにしろ俺に直接言うべきであるはず。味方のふりして便乗してるのは違うね。

 

あと、雰囲気から察するに俺のチャット等での発言をすべて晒しているわけではなく、けなすのに都合の良い発言をメインにさらしているように見える。これも敵である証拠。

 

中身が無いように見えると言われるのは仕方ないが、言ってる事ややってる事がおかしいのはあの会社の奴らな。
これは正当化ではなく「あたりまえ」の事とされる常識的な考えと法的に見た客観的かつ一般的な正当性であるはずだね。